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ayuminokuni’s diary

人生をよりよく生きるために

ゆでガエル

ゆでガエルのエピソードはご存知でしょうか?

カエルを熱湯に入れると慌てて熱湯から飛び出しますが、水に入れて少しづつ温度を上げていくと、熱くなっていることに気付かずに死んでしまうという話です。

世界は大きく変化しています。
しかし、その変化は徐々に進行します。
昨日と今日は変わらない。だからといって、今日と10年後が同じとは限りません。

ゆでガエルのエピソードは眉唾ですが、現実は気づかないまま取り返しのつかない状況になっているのかもしれません。

生まれた時からコンピュータのあった世代からは想像もつかないかもしれませんが、つい150年ほど前まで、人類は電気のない生活をしていました。

人類の歴史で、これほど短期間に世の中が激変した時代はありません。


人類とゆでガエルがオーバーラップして見えます。

 

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恋愛

恋愛は狂気である、と常々思っている。

かつて体験した、自らの全存在をかけてもいいという想い。
あの熱にうなされたような情熱は一体何だったのか。

石橋をたたいて渡る人生などクソ喰らえだ、と思った時期が確かにあったのだ。

経済合理性とは、リスクとリターンを天秤にかける作業だが、恋愛は、経済合理性の外側にある。
だから時としてブレーキは効かず、易々とすべてを乗り越えてしまうのだ。

それは、自らのDNAを残そうとしている生物の本能の成せる技なのか。
予測のつかない恋愛の営みで生物の多様性は確保されるのだろう。

何事も経験することでしか理解できないことがある。
恋愛もそのひとつだろう。


ある意味、恋愛は命懸けだからこそ面白いのだ。

 

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天職

「レンガ職人」という寓話がある。

ある人が、三人のレンガ職人に何をしているのですか?と尋ねた。
すると三人三様の答えが返ってきた。
1番目の職人は、「レンガを積んでいるんだよ」
2番目の職人は、「教会をつくっているんだよ」
3番目の職人は、「歴史の残る大聖堂をつくっているんだよ」

仕事には、3つの種類があるらしい。

1番目の職人は、生きる糧を得るための仕事をしている。
労働時間をお金に換える。すべてというわけではないと思うが、時給で賃金が支払われる仕事に多いかもしれない。充実感は低い。

2番目の職人は、キャリアを積むための仕事をしている。
仕事をすることにより、より高度な仕事をするためのスキル、能力を身につけ、社会貢献を目指す。上昇志向。

3番目の職人は、自分の仕事を天職と考えている
天職は、ある意味その人の人生そのものとも言える。社会、ひいては人類全体に貢献し、歴史を刻む。使命感を持って仕事に臨む。

面白いのは、どんな仕事であれ、その人の気持ちの持ちようで、天職となりえるというのだ。

この話を知って気付いたのは、わたしが求めていたもの、それは自分が天職と信じられる仕事だったのだ。

もっと早く気付けば、人生の回り道をせずにすんだかもしれない。

ただ、今回の気付きも含め、今の自分になるには過去の回り道がすべて必要だったようにも思う。

 

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インターネットというコミュニティ

インターネットにおけるコミュニティは、全世界に開かれたオープンなものだという幻想があったが、実際にはそうでもないらしいということに気がついた。

小さなコミュニティにおける従属を固定化し、より強固なものにすることに有効なツールであるように思う。

人は、生きていく上で、あらゆる選択肢があり、自らの意志で選択をしているように見えるが、そうではないことも多い。

わたしが入力した検索ワードからネットのシステムが一定のアルゴリズムから導きだし提示されるキーワードの候補。あるいは「友だちかも」と表示される人々。

そんな便利な機能が、知らず知らずのうちにわたしの自由を奪っているのかもしれない。

また、ネットで見ることと、実際に経験することには大きな差異がある。

グーグルアースを使えば世界旅行はできるが、実際にその場に立ってみればその差は歴然としている。

ネットが便利なツールであることは否定しないが、実際に人と会うこと、その場に赴くことは、基本的な人間の営みとして必須なことなのだということを再認識した。

 

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自分の人生を生きる

あなたは自分の人生を生きていますか?

人の不幸は、自分の人生を自分で決められないことから始まるのではないか、と思っています。

人生は選択の連続です。

さらに言えば、ある意味、失敗の連続ともいえます。
仮にあなたの選択が失敗だったとしても、それは無駄にはなりません。
その選択ではダメだという教訓を学んだのです。
ですから、失敗には多くの教訓が詰まっていますし、失敗したとしても、その選択によって、あなたは成功に一歩近づいたといえます。

しかし、選択が自分では決められず他人に委ねられているとしたらどうでしょう?

失敗の原因が自分の選択でなければ、得られる教訓は少なく、悔いが残ります。

自分の生き方を、自分で選択することで、幸せに近づけるように思います。

 

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組織と個人

組織と個人について考えてみた。

 

会社は金儲けをする場か、楽しく仕事をする場か。

人間関係はフレンドリーであるべきか、ビジネスライクであるべきか。

経営はワンマンであるべきか、コンセンサスで運営されるべきか。

利益は最大化を目指すか、最適化を目指すか。

仕事のスキルアップに責任を負うのは、会社か、個人か。

チームは同質性の高い集団にすべきか、多様性を追求すべきか。

仕事はスキル重視・職人気質か、マニュアル標準化か。

人事考課は成果主義か、プロセス重視か。

成果分析は感覚・感性重視か、論理・データ重視か。

 

正解はない。

何を選択するかは、経営者の見識が問われるのだろう。

 

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可能性

わたしは可能性という言葉が好きです。

人生は可能性の追求ではないかと思っています。

人は誰でも、世界を変える力があるのだと思います。

なぜなら、人は世界の一部であり、あなたがいるから、わたしがいるから、世界は存在しているのです。

世界を変える力は、なにかを成し遂げようとする意志です。

その意志の根源は、自分を信じることです。

自分の可能性を信じることができた人が、何かを成し遂げることができるでしょう。

 

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