ayuminokuni’s diary

人生をよりよく生きるために

価値観について

世の中には様々な価値がある。

その価値の多くは、経済的な価値へと転化される。

なぜ、経済が人の価値観として優先されるのだろうか?

それは人類が過去の歴史の中で持っていた飢えへの恐怖に基づいているように思う。

野生の動物は、1日の大半を生きていくための食料を探す事に費やす。

食料を見つけることは、生きていくために至上命題だからである。

しかし、現代においては、食料よりもお金を貯め込む事の方が生命維持の役に立つ。

だから人は何よりもお金を貯め込もうとするのだろう。

お金は手段であり、目的ではない。

仮に、飢えへの恐怖がなくなったしても、人は際限なくお金を欲しがるのだろうか?


個人的には、経済の先にある価値観に興味がある。

  

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究極の目的

人生、究極の目的とは何だろう?

自分のDNAを残すこと。

世界中を見て回ること。

宇宙の真理を探究、理解すること。

世界を少しでも良くすること。


つまりは、

命懸けの恋愛をし、好奇心の赴くままに旅をし、何をすべきかを考え、行動すること。

答えは、いつもシンプルだ。

 

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褒められた記憶

小学生の頃の記憶に残っているのは、叱られた記憶よりも褒められた記憶の方が鮮明に残っている。

アドラーは、「叱ってはいけない」「褒めてもいけない」と言っているが、人の承認欲求は根深いものがある。

子どもは、叱られたからといって悔い改めることは少ないように思うが、褒められた事がきっかけで何かを始めることはあるかもしれない。

子どもを褒めることは、その手助けになるだろう。

アドラーが言うところの「勇気づけ」である。


自分の可能性を信じることでしか、道は拓けない。

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世界の食糧事情

世界の食糧事情をネットで調べてみた。

世界の穀物の生産高は約25億トン。

この穀物を、世界に住む73億人に平等に分配すれば、1人当たり年間340キログラム以上にもなります。

日本人1人当たりが実際に食べている穀物は、年間159キログラム。

世界的な規模で見れば飢餓は根絶されていても不思議ではない状況です。

しかし、実際には世界の飢餓人口は8億1500万人。

9人に1人が飢餓に苦しんでいるという現実があります。

有り余る食料があるのに、飢餓が解消しないという矛盾。


世の中には不思議な事がたくさんある。

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カンブリア爆発とAI(人工知能)

 

 カンブリア爆発とは、古生代カンブリア紀、およそ5億4200万年前から5億3000万年前の間に突如として今日見られる動物の「門(ボディプラン、生物の体制)」が出そろった現象である。


カンブリア爆発が起こった原因については諸説あるが、個人的には、生物の進化の過程において眼を持った生物が生まれたというブレイクスルーが原因ではないかと思っている。

眼を持つことによって生物は積極的に他者を捕食することが可能になる。
その捕食に対抗するために、様々な進化が爆発的に起こったのではないかと想像している。


様々なセンサーの中で、イメージセンサーはもっとも情報量の多いデータである。

AIは、イメージセンサーの情報をディープラーニングによって高度な解析することが可能になりつつある。

このことは、AIもまた、目を獲得することによって爆発的な進化を遂げるのではないかという推測を連想させる。


AIの進化は、徐々に進むように見えて、実は爆発的に起こるのかもしれない。

 

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本当にしたいこと

本当にしたいこと、とは何なのか?

と、よく考える。

「天職」と言う言葉があるが、天職を見つけられた人は幸せだと思う。

多くの人は、生活のために自分の時間を切り売りしているからだ。

わたしも、たまたま縁あって就職した職場で36年間自分の時間を切り売りして働いた。

同じ働くなら、楽しく働きたいと孤軍奮闘したつもりだが、組織のトップに立たない限り組織は変えられないのだと悟った。


昔、「木を植えた男」という絵本を読んだことがある。

ひとりの男がひとりでドングリを植え続け、森を再生する話である。

未来を創造する夢のある話だと思う。

未来を作るのは、若い人材だろう。

そんな人材を育てるような、木を植えられたら幸せだろうな、と思う。

 

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スポーツの効用

小学生と遊んでいるとずるいことをしたり、詭弁的にルールを捻じ曲げてまで勝とうとする子どもが時々いる。

子ども相手に感情的になることはないが、論理的に説明してもなかなか納得しない子どもも多い。

ずるくなれるのは、子どもに知恵が付いた証拠なのだろう。

 

他人と勝負をして勝つためには手段を選ばないというのは、小学生であっても、大人であっても、一国の指導者であっても同じなのだなぁと思う。

そんな人間のエネルギーを昇華させるために、人はスポーツに熱中するのだろう。

スポーツであれば、明確なルールがあり、どれだけ熱中しても問題はない。

オリンピックであれ、ワールドカップであれ、人がスポーツに熱中する姿は、感動すら覚える。

自分がスポーツをしていて感じるのは、本当の敵、究極の敵は相手ではないということだ。


実は、自分自身との闘いなのだと思う。

 

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