人間の本質とは、利己的だろうか?利他的だろうか?
誰しも一義的には自分自身の利益を最優先に考えるが、大局的な見地からは必ずしもそうではない。
人類の過去を俯瞰すると、歴史を動かしてきたものは、利他的な力だったのではないかと思う。
それは、愛する人のためだったり、家族のためだったり、民族のためだったり、国家のためだったり、人類のためだったりする。
よくよく考えてみれば、みんなが利己的な考えの固執していたら、人類はとうの昔に絶滅していただろう。
環境の変化や飢餓に耐え、人類が長い歴史の中で何万年も生きながらえてきたのはそれぞれの個人が利他的な行動をしたからに他ならない。
しかし、現代社会はどうだろう。
個人が、いくら利己的であっても、法律の範囲内で行動している限り何の問題もない。
それは、社会がそれを許すことができるほど豊かになった証拠とも言えると思う。
しかし、一方で利己的な行為は、環境問題や地球の温暖化の原因にもなっている。
最終的には「全体と個」の問題に帰結するのだろう。
「全体と個」の問題は、それほどに根深く、自己矛盾を孕んでいるように感じる。